記事掲載日:2021.02.09

「追悼文」

栗田陽一(平成2年卒)


突然の訃報に、終日呆然でした。

ほんの5ヶ月前、私達の学年の30周年記念品をお贈りしたおり電話でお話したばかりでした。
おそらく、グリークラブ関係者で先生とお話できた最後になりました。
骨太で優しかったお声が、今にして思えばほんの少し変わったようでしたが、80すぎ(1937年のお生まれ)になられてるからと、闘病を察することもできませんでした。
いまだ耳に残ります。

一日経ち、先生は何であれほど私達同志社グリークラブによくしていただけたのだろうと考えるようになりました。
神学部文学部で学びを受けたグリーメンも多いとともに、クラブとしてはヨーロッパ演奏旅行に大きな大きなお力添えをいただきました。
欧州キリスト教精神世界に現地宗教施設で演奏を通じて触れる、この合唱団ならではの独特で貴重な海外経験となりました。
それは現役時代の演奏への影響だけでなく、その後の人生での視野の広がりに繋がるものでした。
ご自身も故国を離れ異国の日本で研究教育に携わられたことがアイデンティティ、哲学、出会った人々と社会への暖かい眼差しづくりにつながったことから、そうしたきっかけを同志社の縁でつながる私たちに分け与えようとされていたのではないでしょうか。
私たちは、かけがえのない人を失ってしまいました。

今の感染状況では、お世話をいただいた思い出を持つ皆がひとところに集まり歌をお届けすることはできません。
心の中で、例えば讃美歌405番で、感謝とともにクラウスシュペネマン先生のご昇天をお見送りしたいです。

また会う日まで また会う日まで
かみのまもり 汝が身を離れざれ